せんべろ手帳。
僕がパソコンをパタパタと叩いていると、ガタっと階下で音がした。
いつものように猫がサッシを開けてくれと云ってるのかな、と、僕は仕事を中断して、下に降りてみた。
ガサイレと僕が呼ぶ猫が、たまに音をたてるのだ。
シンと静まりかえったリビングには、誰もいない。
「誰かいる?」と、僕は独り言のように声をかけた。
「こんばんは」
声のする方を見ると、チサトがキッチンのテーブルに座っていた。
リボンのついたベージュのフェルトハッとをかぶり、紺のジャケットを着ている。
ガタっと、また、音がした。
「猫が来てるみたいよ」と、チサトが云った。
「ガサイレだよ。きっとお腹が減ってるんだ」
「飼い猫?」
「ガサイレは、ハシイさんとこの猫だよ」
僕は、冷蔵庫からチクワを一本出して、縁側に来ているガサイレにあげた。ガサイレは、チクワを咥えるとどこかへ消えてしまった。
「なんで、ここにいるんだ」
「まだ、やりたりないんだよ」
「葬式に行ったよ」
チサトは、一ヶ月前に死んでいた。聞くところによると、アルバイトの昼休みが終わったら、倒れて息をしていなかったらしい。死因は、不明だという。
眠っているような、今にも起きてきそうな死に顔をしていたのを覚えている。自分が死んだことに気づいていないように・・・。
「なんで怖がらないの?」
「キッチンに座って『こんにちは、猫が来てるみたいよ』って、自然に云われたら怖がる間もないよ」
足だってあるし、幽霊のように見えなかった。
「成仏ってやつは、しないの?」
「知らないわ」
「やり残したことがあるとか?」
「そうねぇ、まず、飲みに行こう
チサトが宮崎地鶏に来たことがない、というので『鶏おう』に行くことにした。
やり残したことが、宮崎地鶏に行くこととは思えないけど、やり残した幽霊がそう云うのだから仕方が無い。
「僕以外の人には、見えないの?」
「店に行けば分かるんじゃない」
そういうものかと思い、一緒に、店に入ってみた。
「お一人様ですか?」と、店員が云った。
「やっぱり見えないんだ」
「え? どうしました?」と、店員が云った。
チサトはさっさと、空いてる席に座っている。
「もう一人くるから、ここで」と僕は云い、チサトの前に座った。
「なんか変な感じだ」
「宮崎だから、芋焼酎ね。それと、鳥刺し」と、チサトが云った。
幽霊が食べられると思えないけど、芋焼酎ふたつと鳥刺しを注文した。
芋ロックが来た。
「陰膳ってやつだな」と、僕が云うと
「何それ?」と、チサトが焼酎を一口飲んで云った。
「手品みたいだな。他の人には、どう見えてるんだろう」
「どうでも、いいじゃない」
鳥刺しもぱくぱくと食べている。鳥刺しの幽霊(みたいなもの)を食べているのかもしれない。チサトが食べても鳥刺しは減らないみたいだから・・・。うまくは云えないけど。
「せんべろ手帳ってのを作ろうって計画してたやんか。あたしの企画書も、とまってるでしょ。きっと、それがいけないんだわ」
そーなのか?
お代わりちょうだい。と、チサトが云うと女の子の店員が振り向いた。僕以外の人が、チサトに反応するのが妙だったが、霊感の強い店員なのかもしれない。
「芋ロック下さい」
僕が繰り返すと店員が怪訝な顔をした。
誰もいない席で、僕が独り言を呟いて、二人分頼んでる。端から見ると気味悪いんじゃないか。
「幽霊の客に慣れてないみたいやね」
「誰だって慣れてないよ」
「事務所で気が済むまで、仕事の続きをしたい」
「そーすれば成仏するのか?」
「知らないわよ」
そう云うと、チサトは芋ロック(の霊)を飲み干した。
「あたし海外旅行にも行ってないし、ゴルフもしてないし」
「それ全部しないと成仏できないなら、世の中、幽霊だらけだ」
「そうねぇ、あたしって変わった幽霊?」
鳥刺しが来ると、チサトがさっと箸をつけた。
「美味しいわよ」
「お連れ様は、来られそうですか?」と、店員が訊いた。
「もう、来てるし」と、チサトが云った。
「来ないようです。これを飲んだら帰ります」
「なんか、そこに誰かいるようで・・・。すみません、変なこといって」
分かる人もいるんだ。さっさと帰った方がよさそうだった。
「ロックお代わり」と、チサトが云った。
酔っているようだった。幽霊も酔うらしい。
「芋お代わりですね」と、店員が云った。
「あー、そーです」と、僕が云った。彼女には、聞こえているんだ。
「ややこしいから黙っててくれ」と、僕はチサトに云った。
「すみません」と、店員がなぜかオドオドと謝った。
面倒なことが始まりそうな気がしていた。
「もう、一軒行こう」と、チサトが先に外にでて僕を呼んでいた。幽霊に取り憑かれが男が死んでしまう牡丹灯籠を、僕は思い出していた。
大丈夫なんだろうか? 俺。
<記事 大阪せんべろ隊長 紙本櫻士@コピーライター>
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
鶏おう
住所 大阪府寝屋川市香里新町7ー3
電話 072ー835ー3370
交通 京阪本線香里園駅から徒歩2分
営業 17時から翌1時(月から木・日) 17時から翌2時(金・土・祝日前)
定休日 不定休
ひとり? 二千円くらいでした。
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「ええ体してるやん。せんべろ隊に入らへんか?」
年齢・経験不問。お酒が飲めなくても安心して活動できます。
【全国で活躍するせんべろ隊員たち】
大阪せんべろ隊長 紙本櫻士@コピーライター
隊員 サナエ@元女優 みーやん@ギタリスト エマ@野菜ソムリエ c@ab なるみ@おかえり
かおりん@シャンボール ハラタク@じもてぃ ホソカネーゼ@らふぃね
沙也加@すくもー 乾@八尾YEG トモコ@吹田YEG
東京せんべろ隊長 にしやん@上々颱風
隊員 ひろみ@デザイナー
下町せんべろ隊長 ジュンイチ@八木商店
隊員 アラピー@キャンプ命
土浦せんべろ隊長 ススム@ミック
掛川せんべろ隊長 川人拓也@伝える人
会津せんべろ隊長 吉川@ジュニエコ100開催地だ! ユウシ@会津YEG
浦和せんべろ隊長 かおりん@もつ命
隊員 サヨコ@ピアノ命 まゆゆ@ピンク命 弓子@キャベツ千切り
全米せんべろ隊長 としゆき@カマス・ワシントン
盛岡せんべろ隊長 アキ@盛岡美人
土佐せんべろ隊長 エツコ@パラダイス
※行け! って感じのせんべろモデルはmaiちゃんです。感謝!!!
撮影 田原慎一
僕がパソコンをパタパタと叩いていると、ガタっと階下で音がした。
いつものように猫がサッシを開けてくれと云ってるのかな、と、僕は仕事を中断して、下に降りてみた。
ガサイレと僕が呼ぶ猫が、たまに音をたてるのだ。
シンと静まりかえったリビングには、誰もいない。
「誰かいる?」と、僕は独り言のように声をかけた。
「こんばんは」
声のする方を見ると、チサトがキッチンのテーブルに座っていた。
リボンのついたベージュのフェルトハッとをかぶり、紺のジャケットを着ている。
ガタっと、また、音がした。
「猫が来てるみたいよ」と、チサトが云った。
「ガサイレだよ。きっとお腹が減ってるんだ」
「飼い猫?」
「ガサイレは、ハシイさんとこの猫だよ」
僕は、冷蔵庫からチクワを一本出して、縁側に来ているガサイレにあげた。ガサイレは、チクワを咥えるとどこかへ消えてしまった。
「なんで、ここにいるんだ」
「まだ、やりたりないんだよ」
「葬式に行ったよ」
チサトは、一ヶ月前に死んでいた。聞くところによると、アルバイトの昼休みが終わったら、倒れて息をしていなかったらしい。死因は、不明だという。
眠っているような、今にも起きてきそうな死に顔をしていたのを覚えている。自分が死んだことに気づいていないように・・・。
「なんで怖がらないの?」
「キッチンに座って『こんにちは、猫が来てるみたいよ』って、自然に云われたら怖がる間もないよ」
足だってあるし、幽霊のように見えなかった。
「成仏ってやつは、しないの?」
「知らないわ」
「やり残したことがあるとか?」
「そうねぇ、まず、飲みに行こう
チサトが宮崎地鶏に来たことがない、というので『鶏おう』に行くことにした。
やり残したことが、宮崎地鶏に行くこととは思えないけど、やり残した幽霊がそう云うのだから仕方が無い。
「僕以外の人には、見えないの?」
「店に行けば分かるんじゃない」
そういうものかと思い、一緒に、店に入ってみた。
「お一人様ですか?」と、店員が云った。
「やっぱり見えないんだ」
「え? どうしました?」と、店員が云った。
チサトはさっさと、空いてる席に座っている。
「もう一人くるから、ここで」と僕は云い、チサトの前に座った。
「なんか変な感じだ」
「宮崎だから、芋焼酎ね。それと、鳥刺し」と、チサトが云った。
幽霊が食べられると思えないけど、芋焼酎ふたつと鳥刺しを注文した。
芋ロックが来た。
「陰膳ってやつだな」と、僕が云うと
「何それ?」と、チサトが焼酎を一口飲んで云った。
「手品みたいだな。他の人には、どう見えてるんだろう」
「どうでも、いいじゃない」
鳥刺しもぱくぱくと食べている。鳥刺しの幽霊(みたいなもの)を食べているのかもしれない。チサトが食べても鳥刺しは減らないみたいだから・・・。うまくは云えないけど。
「せんべろ手帳ってのを作ろうって計画してたやんか。あたしの企画書も、とまってるでしょ。きっと、それがいけないんだわ」
そーなのか?
お代わりちょうだい。と、チサトが云うと女の子の店員が振り向いた。僕以外の人が、チサトに反応するのが妙だったが、霊感の強い店員なのかもしれない。
「芋ロック下さい」
僕が繰り返すと店員が怪訝な顔をした。
誰もいない席で、僕が独り言を呟いて、二人分頼んでる。端から見ると気味悪いんじゃないか。
「幽霊の客に慣れてないみたいやね」
「誰だって慣れてないよ」
「事務所で気が済むまで、仕事の続きをしたい」
「そーすれば成仏するのか?」
「知らないわよ」
そう云うと、チサトは芋ロック(の霊)を飲み干した。
「あたし海外旅行にも行ってないし、ゴルフもしてないし」
「それ全部しないと成仏できないなら、世の中、幽霊だらけだ」
「そうねぇ、あたしって変わった幽霊?」
鳥刺しが来ると、チサトがさっと箸をつけた。
「美味しいわよ」
「お連れ様は、来られそうですか?」と、店員が訊いた。
「もう、来てるし」と、チサトが云った。
「来ないようです。これを飲んだら帰ります」
「なんか、そこに誰かいるようで・・・。すみません、変なこといって」
分かる人もいるんだ。さっさと帰った方がよさそうだった。
「ロックお代わり」と、チサトが云った。
酔っているようだった。幽霊も酔うらしい。
「芋お代わりですね」と、店員が云った。
「あー、そーです」と、僕が云った。彼女には、聞こえているんだ。
「ややこしいから黙っててくれ」と、僕はチサトに云った。
「すみません」と、店員がなぜかオドオドと謝った。
面倒なことが始まりそうな気がしていた。
「もう、一軒行こう」と、チサトが先に外にでて僕を呼んでいた。幽霊に取り憑かれが男が死んでしまう牡丹灯籠を、僕は思い出していた。
大丈夫なんだろうか? 俺。
<記事 大阪せんべろ隊長 紙本櫻士@コピーライター>
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鶏おう
住所 大阪府寝屋川市香里新町7ー3
電話 072ー835ー3370
交通 京阪本線香里園駅から徒歩2分
営業 17時から翌1時(月から木・日) 17時から翌2時(金・土・祝日前)
定休日 不定休
ひとり? 二千円くらいでした。
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「ええ体してるやん。せんべろ隊に入らへんか?」
年齢・経験不問。お酒が飲めなくても安心して活動できます。
【全国で活躍するせんべろ隊員たち】
大阪せんべろ隊長 紙本櫻士@コピーライター
隊員 サナエ@元女優 みーやん@ギタリスト エマ@野菜ソムリエ c@ab なるみ@おかえり
かおりん@シャンボール ハラタク@じもてぃ ホソカネーゼ@らふぃね
沙也加@すくもー 乾@八尾YEG トモコ@吹田YEG
東京せんべろ隊長 にしやん@上々颱風
隊員 ひろみ@デザイナー
下町せんべろ隊長 ジュンイチ@八木商店
隊員 アラピー@キャンプ命
土浦せんべろ隊長 ススム@ミック
掛川せんべろ隊長 川人拓也@伝える人
会津せんべろ隊長 吉川@ジュニエコ100開催地だ! ユウシ@会津YEG
浦和せんべろ隊長 かおりん@もつ命
隊員 サヨコ@ピアノ命 まゆゆ@ピンク命 弓子@キャベツ千切り
全米せんべろ隊長 としゆき@カマス・ワシントン
盛岡せんべろ隊長 アキ@盛岡美人
土佐せんべろ隊長 エツコ@パラダイス
※行け! って感じのせんべろモデルはmaiちゃんです。感謝!!!
撮影 田原慎一